古希3ブログ

エカワ珈琲店とその周辺の出来事、エカワ珈琲店オーナーの思い付き、などなどの記事をエントリーしています。

39歳で脱サラ、その後の人生を、珈琲商売中心に簡単に振り返ってみました。

年老いた珈琲豆焙煎屋は、40歳を目前にして公務員を脱サラ、廃業寸前の喫茶店を自家焙煎コーヒー豆小売専門店に衣替えして商売の世界に飛び込みました。

コーヒーが好きだから自家焙煎コーヒー豆小売専門店を始めたわけでは無くて、自家焙煎コーヒー豆小売商売が有望だと思ったので脱サラを決行したわけです。

 

商売を始めた場所は、地方の中核都市・和歌山市です。

1990年前後、オフィスコーヒーサービスという商売は、物珍しい商売でした。

脱サラ直後は商売も順調に推移していて、一時的にですが、月間500kgのコーヒー豆を自家焙煎したこともあります。

f:id:ekawa:20210312152141j:plain

(愛猫ピューです。保存しています。)

 

そうなると、40歳で独身(バツイチ)でしたから、夜の繁華街を徘徊したりしたものです。
しかし、そのようなツキは長くは続きません。

一つの躓きでツキが逃げて行ってしまいます。

繁華街を徘徊しすぎるという躓きが、ツキを奪い去ってしまいました。

ツキが逃げ去ると、不運な出来事が発生したりして商売も上手く事が運びません。

 

そんなこんなで、喫茶店から自家焙煎コーヒー豆小売店に衣替えして10数年が経過した2006年、年老いた珈琲豆焙煎屋が55歳だった頃、もうこれ以上売上減少が続けば、夫婦2人(バツイチ同士で再婚していました)路頭に迷うという状況下で、10年後の自分たちを想像してみたことがあります。

 

その10年後、2015年、パパママ経営の生業商売に徹したことと、コーヒーの基礎の学習を続けたことが効果を発揮したのだと思います。

ある程度、年老いた珈琲豆焙煎屋夫婦の置かれている経済環境は、少しだけですが改善されつつありました。

 

話が少しずれますが、40歳になってから覚えた水泳が楽しくなって、スポーツジム通いに夢中になって、40歳代、50歳代とあちらこちらのプールに泳ぎに行っていたことがあります。(50歳~55歳くらいまでは中断していましたが)

自然と、ランニングや自転車に興味のある人たちと知り合いになって、そちらの方にも興味を持ったことがあります。

 

水泳やランニングは、それほどお金が無くても大丈夫ですが、自転車はお金が無くてはできません。

50代中頃から50代後半、レース用自転車を購入するお金が無いので、店舗から数キロメートル離れた配達先にママチャリで自家焙煎コーヒー豆を配達していたことがあります。

 

この記事の内容を膨らませて書いて記事を、年老いた珈琲豆焙煎屋がキンドルでセルフ出版している電子書籍『コーヒー豆自家焙煎店マスターの独り言』に収録しています。

下のリンク先ページは、電子書籍『コーヒー豆自家焙煎店マスターの独り言』の紹介記事です。

www.ekawacoffee.xyz

 

もし、電子書籍『コーヒー豆自家焙煎店マスターの独り言』を購入されるなら、下のキンドルページから購入して頂けます。

キンドル・アンリミテッドの会員さんは、もちろん、無料で読んで頂けます。