70歳、年老いた珈琲豆焙煎屋の残日録

古希を迎えている年金だけでは食べて行けない高齢者が、高齢者の話題を発信しているニュースレターのつもりです

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40年前(昭和)と現在(2021年 | 令和)と

20歳の頃、年老いた珈琲豆焙煎屋は、日銭稼ぎのアルバイトに精を出していました。

一応、大学生でしたが、ほとんど学校には行かずに、アルバイトとパチンコ、それ以外の時間は、何をするでもなく、ただダラダラと読書や物思いにふけったりして時間を消費していました。


大学を無事卒業したのですが、就職の機会を逃してしまって、23歳・24歳・25歳と約3年間、家でブラブラしていました。

積極的に就職先を探すでもなく、時々、気の向いたときに家業の喫茶店の手伝いなどをしながら、ただ、ダラダラとした日々を過ごしていました。

働いてお金を稼いでいるわけでは無いので、ただ一人、引き籠っているしかなかったわけです。
 

その頃のことは、あまり記憶に残っていません。おそらく、心の中のどこかに、思い出したくないという感情があるのだと思います。

昼間は、ほとんど寝ていて、夜起きているという生活だったと思います。

夜起きているといっても自分の部屋にこもっているだけで、外出することなどありません。お金が無いわけですから、当然のことなのですが。

 

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ようするに、年老いた珈琲豆焙煎屋ですが、20歳前半から20歳中頃にかけては、レベルの低い引き籠りで、今のニートと呼ばれている人たちと同じような状態でした。

ただ、時代が総中流社会の全盛期で、今と違って、正社員採用が当たり前で、企業が社員教育のリスクを背負っていた時代でしたから、何とか公務員に採用してもらえのだと思います。

 

現在(2017年)なら、引き籠りの青年が公務員に採用されることなど、まず考えられません。

昭和50年代前半は、まだまだ、民間企業に就職する方が、お金を稼げた時代だったと記憶しています。

だから、2年も3年も、仕事に就くこともなくダラダラしていた20代半ばの若者でも、公務員に採用してもらえたと考えています。

あの頃と違って、今の若い人たちは、厳しい社会環境の中に置かれているみたいです。

だから、一度ニート的な生活やフリーター的な生活に入ってしまうと、そこから脱出するのが至難のわざとなっています。

 

しかし、40年前の昭和の頃と令和の現在で、状況が良い方向に変わっていることもあります。

新たに生業的な商売を営もうと思った時、必要になる資金が、40年前には考えられなかったような少額で済みます。

借金さえなければ、そして、贅沢さえしなければ、生業店の収入で何とか生活していくことが可能です。

ですから、働く場所のない若い人や職場に馴染めない若い人たちには、何か自分に向いている生業的な商売を見つけて自営するという選択肢もあると思います。

40年前には存在しなかったインターネットが、生活者の社会環境を大きく変化させてしまったように感じています。