
働く理由はひとつではない
若い頃、「人はお金のために働くものだ」と、どこか当然のように思っていた。
お金持ちはさらに富を求めて働き、貧しい人は生活苦から抜け出すために働く。
そんな単純な図式で世の中は動いているのだと信じていた。
確かに、お金は働く理由の大きな柱だ。
生活が苦しければ、まずはその苦しさから逃れたいと必死になる。
2018年の私は、年金だけでは暮らしていけないということで、コーヒーの仕事を続けていた。
「働かないと食べていけない」という現実が、背中を押していた。
しかし、働き続けている理由はそれだけではなかった。
生活が少しだけ安定し、貧乏からほんの少し距離を置けるようになると、人は「お金以外の理由」で働き始める。
自分の技術を認めてもらいたい。
これまで積み重ねてきた経験や知識を活かしたい。
体力や気力がまだ残っているなら、それを使って社会とつながっていたい。
そんな思いが、静かに心の奥から湧いてくる。
私も例外ではなかった。
2018年の私は、半分は生活のため、半分は自己満足のために働いていた。
「不労所得だけで暮らせたらいいのに」と夢見ていた若い頃とは違い、年齢を重ねるほどに、自分の仕事を誰かに認めてもらいたいという気持ちが強くなった。
そして、2026年の今
あれから8年が経ち、私は74歳になった。
妻に先立たれ、店は「パパママロースター」から「ジジだけロースター」になった。
店の風景は変わったが、焙煎機の前に立つ自分の姿は変わらない。
今の私は、2018年の頃とは少しだけ違う理由で働いている。
生活のためでもある。
技術を認めてもらいたい気持ちもある。
だが何よりも大きいのは、「コーヒーの仕事が、心のよりどころになっている」という事実だ。
妻に先立たれた今、私の心を支えてくれるのは、焙煎機の音であり、豆の香りであり、店に来てくれるお客さんの「美味しかったよ」の一言だ。
コーヒーの仕事を続けていて、本当によかった。
もし仕事をやめていたら、心の拠り所を失っていたかもしれない。
働くことは、ただお金を稼ぐ行為ではなく、「自分が自分であるための営み」なのだと、今ははっきり思う。
働く理由は、年齢とともに変わる
若い頃は生活のために働き、中年になれば家族のために働き、年を重ねれば、自分の存在を確かめるために働く。
働く理由はひとつではない。
そして、理由は変わっていく。
その変化を受け入れながら、今日も焙煎機の前に立つ。
74歳の爺さん焙煎人は、まだまだ働き続けるつもりだ。
働けるうちは働きたい。
それは生活のためでもあり、誇りのためでもあり、そして何より『心のためでもある』。

(※)この記事は、下のリンク先ページの記事を、今(2026年)の私(エカワ珈琲店の店主)の視点から書き直した記事です。

