
去年の今頃、私は毎週三日、妻の透析治療に付き添って病院へ通っていた。
月曜から金曜まで、ほとんど店を開けることができなかった。
店主が一人だけで商売をしているので、店主が抜ければ、店はそのまま止まってしまう。
それでも、妻の診察・治療を病院の待合室に座って待っている時間は、不思議と静かで、どこか満ち足りていた。
「この先、どうやって商売を続けていこうか」
そんな問いが、いつも胸の奥で小さく灯っていた。
そこで考えついたのが、焙煎コーヒー豆の通信販売だった。
週末だけの店舗営業では売上は減る。
ならば、その減少分を通販で補えばいい。
夫婦二人で受け取る年金が十数万円。
あと十数万円を稼げれば、普通に暮らしていける。
売上にすれば三十数万円。
店で二十万、通販で十数万──そんな計算をしていた。
あの頃は、まだ妻が家にいた。
まだ、未来の話を一緒にできていた。
しかし十二月の初め、私は突然倒れ、入院した。
その間に、妻は静かに旅立ってしまった。
三か月ほど商売を休んだ。
店のドアを開ける気力も、焙煎機の前に立つ勇気も、しばらくは湧いてこなかった。
それでも三月の中頃、私は再び焙煎機に火を入れた。
最初は週に一日、三時間ほど店に立つのが精一杯だった。
焙煎も週に一度が限界だった。
それが、一か月、二か月と経つうちに、体はゆっくりと回復していった。
朝に豆を焙煎し、正午から三時間ほど店を開ける。
そんな日が少しずつ増えていった。
五月には週三日、六月には週五日、店を開けられるようになった。
焙煎も週に三日、朝に2バッチ(2回)ほど焼けるようになった。
焙煎していると、つい楽しくなってしまい、気づけば売れ残りが山のように積み上がる。
お客さんの数が少ないのだから当然だ。
そこで、去年考えていたように、通販のお客さんを増やす努力をしようかと考えた。
しかし、体調が回復してきたとはいえ、病気は病気だ。
いつどうなるか分からない。
通販は先払いが多い。
もし私に何かあれば、返金も発送もできなくなる。
突然の出来事に対応できないのは、誠実な商売とは言えない。
そう考えると、通販は常連さん向けの細々とした形にとどめ、店での商売を中心にやっていくのが良いのだろうと思うようになった。
とはいえ、店舗販売も、予定を立てて宣伝するような体力はまだない。
こちらも細々と続けるしかない。
だが、細々とした商売には、細々とした良さがある。
焙煎機の音を聞きながら、ゆっくりと一日が流れていく。
その静けさが、今の私にはちょうどいい。
忙しいほうが精神的に安定するのは確かだ。
しかし、今のエカワ珈琲店には、ゆっくりとした時間が似合っている。
体調の回復に合わせて、少しずつ、少しずつ、店が忙しくなっていけばいい。
その未来を、私は信じている。
焙煎機の火は、細くても、確かに燃えている。
その火を絶やさないように、今日もまた、豆を焼く。


