エカワ珈琲店の出来事

主に、エカワ珈琲店の日常の物語をお届けしています。

夫婦で歩いた三十年、そしてこれから

去年の5月13日。

あと五日で、妻が退院すると決まっていました。

半年近い入院生活で荷物も多く、私は1日に何回か病院へ通い、少しずつ家へ持ち帰っていました。

運転免許証を返納するつもりで車を手放していたので、退院の日はタクシーで帰ることになります。

だからこそ、できるだけ身軽にしておきたかったのです。

妻は透析治療が始まっていて、退院すれば週に三日通院が必要でした。

それに加えて、他の診察や治療もあります。

平日は月曜から金曜まで、私は妻の通院に付き添うことになる。

そう考えると、焙煎コーヒー豆の店舗販売は、どうしても土曜と日曜の二日だけになるだろうと覚悟していました。

実際、その通りになりました。

収入が減れば生活に支障が出るのは明らかでした。

それでも私は、「妻を守る」という思いだけで動いていました。

どうすれば収入を維持できるか、あれこれ考え続けた末に出した答えは

――通信販売を中心に商売を続けていくしかない ということでした。

介護が始まったばかりだったので、しばらく様子を見て、来年(2026年)には通販の売上を増やす方法を実行しよう。

そう計画していました。

 

今年の私は、独りぼっちの老人です

私は、妻に先立たれた独りぼっちの老人になりました。

去年も家では一人暮らしでしたが、毎日病院へ面会に行き、妻からは一日に一度か二度電話があり、私からも時々電話をしていました。

家に一人でいても、独りではありませんでした。

去年の私は、「妻を守る」。

その思いが、私の張り合いだったのだと思います。

今年は、その張り合いが消えてしまい、残っているのは「喪失感」だけです。

私が循環器の病気で入院し、その間に妻が亡くなり、三か月間商売を休んで家に閉じこもっていた日々。

そこには、ただ「むなしさ」だけがありました。

だからこそ、今年の三月中頃から商売を再開しました。

もう守るべきものはなく、介護や通院の付き添いという制約もありません。

自分ひとりが食べていければそれでいい。

老人ですから、そんなに多くのお金は必要ありません。

それでも――「食べていくだけの商売」には、どこかむなしさがつきまといます。

 

パパママロースターの記憶

エカワ珈琲店は、私と妻の二人で三十年以上続けてきた「パパママロースター」です。

焙煎コーヒー豆の仕事は、私たち夫婦の日常であり、絆そのものでした。

妻に先立たれ、独りぼっちになった今、私はまるで異世界に迷い込んだような日々を過ごしています。

それでも、焙煎機の前に立つと、ほんの少しだけ、あの頃の空気が戻ってくる気がします。

コーヒー豆の香りの向こうに、妻と二人で過ごした日常が、かすかに揺れて見えるのです。

だから私は今日も、焙煎コーヒー豆の商売に向き合っています。

それはもう、生活のためだけではありません。

妻と共に歩んだ三十年を、そっと手のひらに取り戻すための時間 なのかもしれません。