
2022年の春、エカワ家の家計支出は毎月33万円ほどだった。
「大雑把な暮らし」と自分で言いながらも、夫婦ふたりで営む小さなコーヒー豆自家焙煎店の生活は、どこかのんびりしていて、どこか張りつめてもいた。
当時の私は70歳。公的年金は月に8万円ほど。そこから介護保険料が引かれるから、実際に手元に残るのはもっと少ない。
妻は61歳で、年金受給まではまだ4年。仮に受給しても6万円ほどだから、ふたり合わせても家計には到底届かない。
「年金だけでは暮らせない」
そんな当たり前の現実を、私たちは自営業という形で乗り越えていた。
パパママストアの常識を裏切った店
資本主義の教科書には、こう書いてある。
「高齢の零細商売は、売上が減り、過去の蓄えを食いつぶし、やがて廃業する」
しかし、エカワ珈琲店はその逆を歩んでいた。
2010年代に都会で静かに始まったコーヒー豆自家焙煎店のブームが、和歌山にも届いて来ていた。
若いお客さんが増え、30年続けてきた商売が、ここにきてようやく追い風を受け始めた。
「今が一番やりやすい」
そう思えるほど、時代が味方してくれていた。
もし健康で、もしふたりで続けられたなら
2022年の私は、こう考えていた。
この静かなコーヒー豆自家焙煎店ブームに遅れずついていければ、そして夫婦ふたりが今の健康を保てれば、年金では到底足りない家計も、商売で十分に補えるはずだと。
実際、当時の店には若いお客さんが増え、「まだまだやれる」「もう少し伸びる」、そんな手応えが、毎日の焙煎の煙の向こうに確かに見えていた。
そしてその2年後――妻が入退院を繰り返し、介護が必要な生活に変わっていったとき、普通なら収入が減り、家計に不安が押し寄せるはずだった。
けれど、あの頃の追い風は、私たちを裏切らなかった。
店を開けられる日は減っても、焙煎できる量が少し減っても、お客さんは変わらず足を運んでくれた。
通販の注文も途切れなかった。
「大丈夫ですよ、ゆっくりで」
「待ちますから」
そんな言葉をかけてくれるお客さんもいた。
商売の勢いと、お客さんの温かさが、介護の不安を静かに支えてくれた。
収入の心配をせずに妻のそばにいられたのは、まぎれもなくコーヒーの仕事のおかげだった。
そして、30数年続けてきたこの小さな店が、思っていた以上に強く、しなやかだったからだ。
そして今、74歳。独りぼっちになっても
妻に先立たれ、独りになった今。
年金8万円では暮らしていけない。
雇われて働く体力もない。
それでも、私は食べていけている。
自宅で、手慣れたコーヒーの仕事を続けているからだ。
「趣味が珈琲、特技が珈琲、仕事が珈琲」
その言葉の通り、私はコーヒーに救われている。
2000年代、お金に追われていた頃は、脱サラした自分を責めた。
「あと10年公務員を続けていたら」と考えたこともある。
だが、70歳を過ぎた頃から、ようやく思えるようになった。
――あのとき脱サラした選択は、間違いではなかった。
74歳になっても、妻を失っても、私はまだ、自分の手で稼ぎ、自分の生活を支えている。
それは、コーヒーという仕事を選んだ30数年前の自分が残してくれた、小さくて、しかし確かな「生きる道」だ。

