
人は、ある日ふと立ち止まる。
それは自分の意思とは関係なく、心と身体が「もう少し静かに歩け」と告げてくる瞬間だ。
去年の十二月、私はその声に従うしかなかった。
精神の底に沈殿した重い影と、身体の不調が重なり、コーヒー豆を焼く気力がどうしても湧いてこなかった。
三か月という時間は、長いようで短く、短いようで長い。
焙煎機の静けさは、まるで店の奥にぽっかりと空いた穴のように感じられた。
しかし、人間とは不思議なもので、何もしない時間が続くと、逆に「このままではいけない」という焦りが胸のどこかで芽を出す。
私にとってコーヒー商売は、ただの仕事ではない。
趣味であり、日々の張りであり、人生の半分を支えてきた相棒のようなものだ。
それを手放してしまえば、残る半分も色あせてしまう気がした。
だから、三月十一日。
まだ冬の名残が空気に漂う水曜日、私はコーヒー豆自家焙煎の商売を再開した。
再開というより、再び呼吸を始めた、という方が近い。
営業の仕方は、休業前と同じにした。
週末の店舗営業と、週に四日の通信販売の発送。
無理をしない、背伸びをしない、七十四歳の自分に合った歩幅での再出発だ。
再開に備えて、八日と九日の二日間で五バッチ、十五キロの豆を焼いた。
久しぶりの焙煎は、まるで長い旅から帰ってきた友人と再会するような、どこか照れくさい喜びがあった。
そして迎えた3月11日の水曜日。
たった二時間の臨時営業で、七キロの豆が旅立っていった。
翌日も同じように売れた。
ただWEBサイトで「再開しました」と告げただけなのに、待っていてくれた人がいたのだ。
その事実が胸に沁みた。
在庫が減れば、また焙煎する。
十三日と十四日には、さらに十八キロを焼いた。
土曜日は四時間で七キロ、日曜日は三時間で三キロ。
気がつけば、十一日から十五日の五日間で二十キロの豆が売れていた。
三か月の休業。
七十四歳の老人が一人で営む小さな店。
しかも、昨秋に値上げし、さらに今回の再開でまた値上げした。
それでも豆は売れていく。
世の中の流れは、時に人の想像を超えて優しい。
コーヒー豆の需要が増えているのか、それともただ、私の豆を待っていてくれた人が大勢いたのか。
どちらにせよ、焙煎機の前に立つ私の背中を、そっと押してくれる出来事だった。
再開とは、勢いよく走り出すことではない。
止まっていた心が、もう一度ゆっくりと呼吸を始めることだ。
その呼吸が続く限り、私はまた豆を焼き、店を開けるだろう。
無理のない歩幅で、静かに、しかし確かに。

