
私たち夫婦は、長い間ふたりきりで暮らしてきました。
二人の間には子どもはおらず、親戚づきあいもほとんどない。
だからこそ、何かあったときに頼れるのは、いつもお互いだけでした。
病気になったときも、気持ちが沈んだときも、そばにいるのは妻だけ。
ふたりで支え合いながら、静かに、けれど確かに、日々を重ねてきました。
妻は私よりも九つ年下でした。
だから、私に何かあったとき、彼女がひとりになっても困らないようにと、私は三つの生命保険に加入しました。
保険というのは、いざというときの備えですが、私にとっては「あなたを守りたい」という気持ちの証でもありました。
お金で心の穴を埋めることはできないけれど、それでも、せめて生活に困らないようにと願ってのことでした。
それらの保険には医療保障もついていて、入院すれば一日あたり3つの保険で一万一千円が支給されます。
昨年の年末から年始にかけて、私は十日間入院しました。
年の瀬の病室は静かで、窓の外の寒空をぼんやりと眺めていたのを覚えています。
その入院中に、妻が旅立ちました。
あまりに突然のことで、私は病院を一時退院し、彼女を見送ることになりました。
長年連れ添った人を見送るというのは、言葉にできないほどの静かな衝撃でした。
心のどこかが、すっと冷たくなったような感覚だけが残っています。
その後、再び病院に戻り、カテーテル手術を受けました。
合計13日間の入院と手術で保険金約三十万円が支給され、さらに妻の障害年金や葬祭費なども合わせて、二月には六十数万円が通帳に振り込まれました。
数字としては大きな額かもしれませんが、それは妻との別れの代償のようにも思えて、手にしたときの気持ちは複雑でした。
今の私は、独りぼっちの老人です。
外食は月に2度くらい、家にこもって静かに暮らしています。
食事は簡素でも、体にやさしいものを心がけています。
月に十一万から十二万円あれば、なんとか生活は成り立ちます。
節約すれば十万円でもやっていけるでしょう。
だから、今のところは商売を再開しなくても、半年くらいはこのままの暮らしを続けられそうです。
けれど、静かすぎる日々の中で、ふとした瞬間に、焙煎機の音や、妻の笑い声が耳の奥に蘇ることがあります。
コーヒー豆の自家焙煎を再開できずにいるのは、体調や心の不安定さだけでなく、こうした金銭的な「ゆとり」があるからかもしれません。
焦らなくても、しばらくは暮らしていける。
けれど、それ以上に、心のどこかでまだ踏み出せずにいる自分がいるのです。
焙煎機の前に立てば、妻と一緒に過ごした日々が、まるで昨日のことのように蘇って来ると思います。
豆を煎る香ばしい匂いに包まれると、あの人がそばに立っていた記憶がふっとよみがえるだろうと思います。
火加減を見守る真剣な横顔、焙煎がうまくいったときの小さなガッツポーズ、そして、湯気の向こうでふわりと浮かぶ笑顔。
あの時間が、今もこの場所に染みついているように感じます。
今、私のことを心配してくれる身寄りはいません。
けれど、妻が遺してくれたもの、そして私たちが共に築いた時間が、静かに私を支えてくれています。
目に見えるものではないけれど、心の奥に灯る小さな明かりのように、私の暮らしを照らしてくれているのです。
余談になりますが、私には、いざというときに心配してくれる身寄りも、助けてくれる身寄りも、もういません。けれど、相続人はいます。
妻が亡くなったことで、生命保険の受取人を変更する必要がありました。
その手続きのために、相続人の名前を勝手に使って、私の判断で新たに受取人として指定しました。
誰かに相談することもなく、ただ静かに、必要なことをひとつずつ片づけていく日々です。

