エカワ珈琲店の出来事

エカワ珈琲店の爺さんと婆さんの日常と仕事の出来事、それと備忘録・雑記帳。

二人で焙煎していた日々を思い出しながら

久しぶりに焙煎機に火を入れました。ちょうど2か月ぶり、久しぶりの焙煎です。

手順を思い出しながらの作業は、どこかぎこちなく、ところどころ抜けてしまっていて、いつもなら20数分以上かけていた焙煎時間が、今回は20分ほどで終わってしまいました。

 

焙煎機の前に立ちながら、焙煎の香りに包まれながら、自然と妻のことを思い出していました。

この場所で、私たちは30年以上、夫婦ふたりで暮らし、働いてきました。

焙煎も、販売も、日々の営みも、すべてがふたりの手で紡がれてきたものです。

感傷に浸ってしまうのは、この季節のせいだけではありません。

 

思えば、妻の体調がすぐれなくなる3年ほど前までは、私たちは夫婦で交代しながら、コーヒー豆を焙煎していました。

朝の光が差し込む焙煎室で、豆の色づきを見つめながら、無言のままバトンを渡すように作業を引き継ぐ。

そんな日々が、当たり前のように続いていたのです。

 

焙煎の香りが立ちのぼるたびに、ふたりのリズムが自然と重なっていくのを感じていました。

言葉は少なくても、互いの気配を感じながら、火加減や豆の音に耳を澄ませる。

その静かな時間が、私たちにとっては何よりも大切で、心の奥深くに沁み込んでいました。

 

今思えば、あの焙煎のひとときこそが、夫婦としての歩みを象徴していたのかもしれません。

一緒に火を見つめ、香りを確かめ、豆の変化に寄り添う。

そんな日常の中に、言葉では言い尽くせない絆があったのだと、今になって気づかされます。

 

もうすぐ、妻の四十九日を迎えます。

近くの光明院にて、永代供養の法要をお願いしています。

私自身の健康状態のこともあり、当日は私ひとりでの参列となります。

少し寂しさもありますが、30年以上、ほとんどの時間を共に過ごしてきた私が、ひとりで送り出すことが、きっと妻にとっても自然で、心安らぐことなのではないかと感じています。

 

法要のお供えには、今回、久しぶりに焙煎したコーヒー豆を持って行くつもりです。

手順を思い出しながらの焙煎は、ぎこちなく、時間も少し短くなってしまいましたが、心を込めて仕上げました。

この豆の香りが、あの頃の記憶をそっと呼び起こしてくれるような気がしています。

 

エカワ珈琲店は、私たち夫婦ふたりで営んできた店です。

店舗であり、焙煎工房であり、住まいでもあるこの場所には、今も妻の気配がそこかしこに残っています。

ふとした瞬間に聞こえるような気がする足音、ふわりと漂う香り、棚に並ぶ器の並べ方ひとつにも、彼女の手の跡が感じられます。

 

これからも、焙煎をするたびに、店頭に立つたびに、きっと彼女のことを思い出し続けると思います。

それは、悲しみというよりも、むしろ日々の営みの中に自然と溶け込んでいる、あたたかな記憶です。

30年以上、朝も昼も夜も、同じ空間で過ごしてきた私たちにとって、それはごく当たり前のことなのだと思います。