
1980年代、昭和の終盤の日本を振り返ると、60歳代半ばともなると多くの人が社会活動から疎外されていました。
働いても得られるのはわずかな収入だけで、年金や貯えに恵まれた人は穏やかに暮らし、そうでない人は少額の年金と細々とした仕事で生活を支えていました。
社会全体が「高齢者は現役を退いた存在」とみなし、高齢者の役割を限定していた時代でした。
当時30代半ば過ぎだった私は、還暦を迎えた人々を「よぼよぼしていて時代に適応できない存在」と見ていました。
若い世代からすれば、彼らはすでに社会の中心から外れ、過去の価値観に縛られているように映っていました。
しかし、今や自分自身が74歳。
振り返れば65歳前後の頃はまだまだ元気で、体力も知力も時代への適応力も衰えを感じることは少なかったように思います。
もちろん古希を過ぎてからは、年ごとに少しずつ衰えを実感していますが、それでもかつて自分が見ていた「高齢者像」と比べれば、まだまだ健やかに生きていると感じています。
思えば、日本は大きく変わりました。
1980年代後半と2020年代の今とでは人口構成がまるで違います。
平均年齢は50歳ほどに達し、国民の半分が50歳以上。
国民の3人に1人は65歳以上という、世界でも類を見ない高齢化社会です。
かつては「高齢者=引退した人」というイメージが強かったのに対し、今では高齢者自身が社会の一員として積極的に活動し続けることが求められ、また可能でもある時代になっています。
医療の進歩や生活環境の改善によって寿命が延びただけでなく、情報技術の普及によって高齢者も社会の変化に触れ続けることができるようになったからです。
こうした社会では、高齢者は単なる「支えられる存在」ではなく、むしろ「支える側」としての役割を担うこともできます。
地域社会や家庭、さらには小さな商売の場においても、高齢者は経験と知恵を活かし、若い世代とは異なる形で社会に貢献できると思っています。
高齢化社会とは、衰えを抱えながらもなお生きる力を発揮できる社会であり、時代に適応しながら生きることが求められる社会なのだと、74歳という年齢になって強く感じています。
昭和の終盤から令和へ。
国のあり方は大きく変わりました。
平均寿命は80歳代半ばに達し、私自身にもまだ10年近い時間が残されています。
かつて「老後」と呼ばれた時期は、今では「第二の現役期」とも言えるほどに長くなり、人生の終盤に新しい挑戦を重ねることが可能な時代になっています。
これからの10年、日本はさらに速いスピードで変化していくと思います。
人口構成の変化、技術の進歩、消費者の嗜好の移り変わり──そのどれもが私たちの暮らしや商売に直接影響を与えます。
だからこそ、ただ年齢を重ねるだけではなく、老化対策も兼ねて体力と知力を総動員し、時代の流れに適応していくことが必要だと感じています。
私の営む珈琲商売は、地方の町の小さなコーヒー豆自家焙煎店です。
決して大きな資本を持つわけではなく、華やかなチェーン店のような派手さもありません。
しかし、だからこそ地域に根差し、顔の見える商売を続けていけるのだと思います。
常連のお客様との会話、豆を焙煎する香り──そのすべてが、私にとっては「生きている証」であり、時代に適応し続けるための力でもあります。
高齢化社会は、単に「高齢者が増える社会」ではなく、「高齢者が社会の一員として働き続けられる社会」でもあります。
年金という安定した副収入を背景に、経験と知恵を活かした商売を展開できることは、若い世代にはない強みです。
むしろ、人生経験を積んだ高齢の商売人だからこそ、消費者の心に寄り添えるのではないか──そんなことを密かに考えています。
これからの10年、私の挑戦は続きます。
時代の変化に取り残されないように、そして自分自身の老いに負けないように。
地方の町の片隅で、焙煎機の前に立ち続け、香り立つ焙煎したコーヒー豆を通して人々とつながり続けたい。
小さな店の店主としての誇りと、時代に適応し続ける決意を胸に、今日もまた豆を煎っています。

