筆者(年老いた珈琲豆焙煎屋)は、コーヒーの世界で生活の糧を得て居ます。それも、30数年に渡って。
30数年に渡ってコーヒーの世界に居るわけですから、コーヒー産業の移り変わりを実体験して来ています。
例えば、1980年頃まで我が世の春を謳歌していた喫茶店は、その頃を頂点として長い長い衰退の道を歩むようになります。
その原因は、喫茶店対する需要が無くなったのでは無くて、オフィスコーヒーサービスやファミリーレストランやファーストフードのチェーン店などに、喫茶店需要を奪われてしまったからだと考えています。
一つの商品、一つの商店、一つの商売が衰退・消滅して行く原因は、その商品・商店・商売に対する絶対的な需要が消えて無くなってしまったのでは無くて、その消費需要を、もっともっと充分に満たしてくれる商品・商店・商売が登場してきた結果、需要を奪われてしまったと考えるのが妥当だと思っています。
これから成長しようとしている商売や成長を続けている商売は、消滅しようとしている商売や衰退を続けている商売のすぐ近くに存在しているのだと思います。
一つの商品・商店・商売に対する需要が、新しく登場した商品・商店・商売に移行して行くと考えているわけです。
オフィス環境が充実して、オフィスコーヒーサービスが普及して、その結果、ビジネス街の喫茶店は衰退して行きました。
食品スーパーやコンビニエンスストアーが街の至るところに存在するようになって、○○商店という街の何でも屋さんが姿を消してしまいました。
チェーン経営の飲食店が多くなるのに比例して、街中に定食屋さんが少なくなってしまいました。
一つの商品・商店・商売が消えて行く原因や不振の原因をいくら追究したとしても、それを復活させるのは、ものすごく難しい出来事だと思っています。
エカワ珈琲店も、「衰退する商売」と「成長する商売」の関係を身をもって経験して来ています。
1955年開業の地方都市・和歌山市のビジネス街に立地していた「純喫茶コロナ」が、エカワ珈琲店の前身です。
開業から10年くらいはものすごく繁盛していて、その後は、徐々に衰退して行って、コーヒー専門店という新しい喫茶店業態が出現して来て、あっという間に、閑古鳥の鳴く純喫茶店になってしまいました。
(注目)「純喫茶コロナ」盛衰の物語は、キンドルでセルフ出版している「彼女の喫茶店、純喫茶コロナ繁盛記」で公開しています。
1冊250円ですが、キンドルアンリミテッドの会員さんなら、無料で読んで頂けます。
1989年、「純喫茶コロナ」の商売にピリオドを打って、コーヒー豆自家焙煎店に衣替えしました。
コーヒー豆自家焙煎店は、喫茶店・コーヒー専門店業態の近くに存在している新しいコーヒー産業の業態です。
1990年代、オフィスコーヒーサービスと自家焙煎コーヒー豆の挽き売り商売で、結構繁盛します。
2000年前後から、2000年代中頃にかけて、オフィスコーヒーサービスの世界からは追い出されてしまって、自家焙煎コーヒー豆の挽き売りも強力なライバルが出現して、地域密着商売が成り立たなくなってしまいます。
しかし、幸運だったのは、エカワ珈琲店をオフィスコーヒーサービスから追い出した大手・中堅のオフィスコーヒーサービス会社や地域ロースターも、大手コーヒー会社系の自家焙煎コーヒー豆挽き売り店も、どちらも、新しい商売でも、新しい商店でも、新しい商品・サービスでも無かったという事です。
エカワ珈琲店のコーヒー豆自家焙煎店商売を一時的に脅かしただけで、マーケティング手法を少し変更するだけで蘇ることが出来たわけですから。
自家焙煎コーヒー豆の通信販売に活路を求めて、その後、スペシャルティーコーヒー生豆を原料に使った自家焙煎コーヒー豆を取り扱うことで、2024年の現在も、コーヒー豆自家焙煎店の仕事を続けています。
30数年前も今(2024年)も、「エカワ珈琲店」という屋号で自家焙煎コーヒー豆の小売専門店を続けていますが、マーケティング手法は、時の流れに身を任せながら移り変わって来ています。
だから、古希3の高齢者になっても、コーヒー豆自家焙煎店の商いを続けられていると自負しています。
(注目)エカワ珈琲店の履歴書は、有料記事として公開しています。