年金だけでは食べて行けない年老いた珈琲豆焙煎屋の残日録

来年の秋に70歳になります。それなりの人生経験を積んで来ています。主に、その人生経験を基にした記事を作成しています。

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失業という言葉が無くなる日

先進国と呼ばれている国々の経済は、コネクション経済と呼ばれる新しい経済の方向へ進んでいるのだと思います。そして、コネクション経済の社会では失業という概念が存在しなくなると、ブログ記事「Toward zero unemployment」でセスゴーディンさんが語っています。(筆者の翻訳間違い・解釈間違いがなければ・・・ですが。)

 

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家内制手工業から工場制手工業、そして産業革命から大量生産へ

家内制手工業の時代、生産者(とその家族)は、生産に必要な財を直接所有していました。その時代の仕事の中心は、職人による手仕事で熟練を必要とするのが一般的でした。産業革命以前の、今から何世代も前の時代の話です。

その後、工場制手工業の時代がやって来ます。設備と作業をする人を工場に集約することで効率が良くなって、生産性が向上します。そして、作業を分割して何人かで分業することで、さらに生産性が向上して行きました。

次に産業革命が始まって、工場制機械工業の時代になります。そして、20世紀に入ると大量生産・大量宣伝・大量消費のマスの時代が到来します。

ekawacoffee.hatenablog.jp

 

その昔、失業という概念は存在しなかった 

何世代か前の家内制手工業の時代には、工場労働者が存在しなかったわけですから、一般的な「失業」という概念は存在していなかったわけです。もしかしたら、工場制手工業の時代にも存在していなかったかもしれません。

「失業」という概念が登場するのは、産業革命以後のことだと考えます。

21世紀に入って、最初の10年が経過して、産業革命以来続いてきた工業主義の時代が終わろうとしていて、今、何か新しい事が始まろうとしているのを、何となくですが感じることができます。

工業主義の時代に価値があった財が、新しい何かに取って代られつつあるのを、何となくですが感じることができるわけです。

 

コネクション経済の仕事は家内制手工業の仕事に似ている 

その新しい何かですが、家内制手工業の時代の仕事と似ていて、手作業である程度の熟練を必要とする「仕事」なのだと思うのですが、何世代も前の家内制手工業の時代と異なっているのは、ものすごく巨大なスケールを持っているということです。

現在は、誰でも熟練の仕事人になるチャンスを持っているわけですから。

工業主義の時代のキーワードは、「希少性」でした。「不足」しているモノを、生産性を改善して大量に生産することで、その希少性を解消させるという文化が、工業主義の時代の文化だったと考えます。

現在は、コネクション経済の時代に足を踏み入れつつあります。近い将来、このコネクション経済が、経済の主流となって行くのだと思います。

 

誰もが熟練の仕事人になれる時代

インターネットの普及によって、私たちには豊富な選択肢が与えられています。豊富なコネクションも構築できるようになっていて、豊富な知識にも簡単にアクセスすることができます。

以前と比べれは、より多くの人と知り合いになることができて、より多くの知識にアクセスできるようになっています。その結果として、私たちの能力を短時間で相当なレベルに高めることも可能となっています。

これまでの時代と違って、知識・技能を求めている人たちは、短時間で相当なレベルの知識や技能を身につけることができます。

 

底辺への競争と切磋琢磨という名の競争

特別な知識、特別な技能が、少数の人の独占物ではなくなってきています。数多くのその道の達人や、その道の名人が生まれてくる時代になりつつあるのだと思います。

このことが、2つの競争を作り出しています。

「底辺への競争」と「切磋琢磨という名の競争」です。「底辺への競争」は、低価格、低賃金の競争です。そして、もう一つの競争が「切磋琢磨という名の競争」です。

「切磋琢磨という名の競争」では、できるだけ多くの情報を伝達することに集中する必要があります。できるだけ多くの選択肢を提供するという情熱を持つ必要があります。

そして、独創的で創造性の高い注目に値する丁寧な仕事を、できるだけ数多く選択肢として提供する必要があるのだと思います。

ekawacoffee.hatenablog.jp

 

コネクション経済の恩恵を受けるには

コネクション経済は、コネクションが拡大することで、ますます勢いを増しています。

情報が、より多くの情報を生み出して行きます。その影響力は、その情報を創造して提供している人たち全員に及んでいきます。

コネクション経済が拡大しているわけですから、誰もが簡単にコネクション経済の恩恵を受けることも可能になっています。

誰かの才能や情熱に対して、他の誰かが影響力を行使することで、コネクションによって作り出されるネットワークの影響力がますます強くなって行きます。

 

コネクション経済にも失業という概念が存在しない

コネクション経済は、従来型の雇用を作り出してくれません。ですから、コネクション経済では、「失業」という概念は存在しないのだと思います。

コネクション経済では、私たちの誰もがコネクション経済の世界に参加する機会を構築してくれますが、コネクション経済に参加してからの成果は、自分自身の手で掴み取る必要があります。

誰もが自分の意思でコネクション経済に参加できるわけですから、「失業」という概念が存在しないのも当たり前なのかもしれません。

 

工業主義経済を動かす燃料はコネクション経済では使えない

工業主義の時代の経済では、「希少性(不足)」は経済を動かす燃料のようなものでした。しかし、コネクション経済では、希少性(不足)はネットワーク内での価値を減少させる敵対者です。

たとえば電話ですが、多くの人が電話ネットワークでつながることで、その価値が増大して来たわけです。コネクション経済は、その規模が拡大すればするほど、その価値も大きくなって行きます。

友達が、わたしたちに、より多くの友達を連れて来てくれます。評判は、私たちに、より良い評判を築くチャンスをもたらしてくれます。

ekawacoffee.hatenablog.jp

 

コネクション経済で成功するには

情報にアクセスすることによって、私たちに、さらにより多くの情報を探し出す機会を作り出してくれます。私たちの生活の場では、掛け算のように情報が拡大して行きます。そして、その情報の価値を増加させて行きます。

一方、消費財・生産財は、時間が経過すれば経過するほど、その価値は減少して行きます。

コネクション経済で成功している会社は、生産機械の標準化、生産手順の標準化、生産時間の標準化、生産量のノルマなどなど、生産供給の過程に標準化の概念を持ち込んではいません。 それとは反対の概念のビジネスを営むことで、成功を収めているのだと思います。

 

コネクション経済と零細生業パパママ店

零細生業パパママ店のエカワ珈琲店に残されている時間は、若い人たちの何分の一かの時間しかありません。

コネクション経済が当たり前の時代がやって来て、「失業」という言葉が無くなる日を待っているだけの時間がありません。

ということで、エカワ珈琲店は、私たち夫婦のヒューマニティーをお客さんに感じてもらえる商売に徹していこうかと考えています。

考えてみれば、1960年代・1970年代の日本の商店街では、何々商店に買い物に行くのではなくて、誰々さんの店に買い物に行くお客さんで混雑していたわけですから、私たち夫婦の若かった頃の商店街の商売を真似すれば良いだけのことかもしれません。

 

参考にさせて頂いたブログ

seths.blog