70歳、年老いた珈琲豆焙煎屋の残日録

古希を迎えている年金だけでは食べて行けない高齢者が、高齢者の話題を発信しているニュースレターのつもりです

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昭和37年の夏、週刊ハイライトマガジン創刊

写真家長友健二さんが30歳の頃、編集長をしていた芸能週刊誌、それが『週刊ハイライト』です。昭和37年(1962年)の夏創刊で、日本ジャーナルプレス社という出版社から発行されていました。

昭和33年に『週刊実話』の発行を開始した出版社で、最初、荒木書房という名前の会社で、その後、読切出版社、実話出版、日本ジャーナルプレスと社名を変更して、21世紀の現在、日本ジャーナル出版という社名となって、『週刊実話』を発行しています。

 

当時、人気の週刊誌だった週刊平凡や週刊明星と同じ路線を行く芸能誌でしたが、昭和37年の夏の創刊から半年足らずで廃刊になっています。

週刊ハイライトマガジン創刊号の表紙を飾ったのはザ・ピーナツのスナップ写真で、もちろん、撮影は長友健二さんです。東宝映画「私は私」ロケ現場で撮影した写真です。

その後も有名なスターの写真が表紙を飾ったと、『アグネスラムのいた時代(長友健二+長田美穂)』に記されています。 

 

アグネス・ラムのいた時代 (中公新書ラクレ)

アグネス・ラムのいた時代 (中公新書ラクレ)

 

 

エカワ家は喫茶店を営んでいて、その頃、週刊平凡や週刊明星、週刊新潮や週刊文春、それに月刊映画情報といった雑誌を毎号購入していました。

昭和37年頃の喫茶店にとって、蓄音機と音楽、芸能雑誌にスポーツ新聞、男性向け週刊誌、これらは絶対に必要な小道具だったわけです。

小学校時代から、週刊誌やスポーツ新聞に親しんでいたのですが、昭和37年に発行されていたという『週刊ハイライト』という雑誌は、全く記憶に残っていません。

 

長友健二さんが編集長を勤めた『週刊ハイライトマガジン』は、創刊後半年足らずで廃刊したわけですが、当時(昭和37年)は、昭和31年の週刊新潮の成功で始まった、週刊誌創刊ブームが一段落しつつあったのかもしれません。

それにしても、私ですが、小学生なのに芸能週刊誌やスポーツ新聞を読んでいるなんて、相当におませな小学生だったわけです。