電子書籍『小説・コーヒー豆焙煎の手引き』を出版しました! 2025年12月12日(金)、キンドルで電子書籍『小説・コーヒー豆焙煎の手引き』をセルフ出版しています。 この本は、約1万5000字(全56ページ)の小説仕立てで、コーヒー豆の焙煎に…
妻が旅立って、もうすぐ一か月が経とうとしています。 不思議なもので、日が経つにつれて、あの時の「悲しみ」は少しずつ形を変え、「寂しさ」として胸に広がってきました。 最初の頃は、ただただ涙がこぼれるばかりでしたが、今は、ふとした瞬間に、深いた…
妻が旅立って、まもなく一か月が経とうとしています。 私自身も「心不全」で入院していましたが、主治医の配慮もあり、通常よりも短い10日間で退院させていただきました。 とはいえ、退院後の生活は決して楽なものではなく、体力も気力もまだまだ本調子には…
2024年10月、日赤入院中の写真です。この写真が一番最新の写真です。 2020年代の写真です 2020年代、バッチサイズ1kgの焙煎機を妻専用の焙煎機にしようと購入しました。
「エカワ珈琲店の営業成績とエカワ家の家計」シリーズ、2025年12月の記録をもって一区切りすることにしました。 2025年12月、エカワ珈琲店にとって、大きな転機となる月でした。 12月に入り、妻の体調が思わしくなくなり、私自身の体調も次第…
十二月の冷たい風が吹き始めたころから、私の身体は少しずつ悲鳴を上げていた。 動けばすぐに息が切れ、胸の奥に鈍い痛みが走る。 けれど、そんなことに構っていられなかった。妻が入院していたからだ。 毎日、数時間は病院で過ごして、顔を見て、手を握って…
2025年12月27日の早朝(午前8時過ぎ)に亡くなった妻の写真を集めています。 私たち夫婦はバツイチの再婚同志で、結婚したのは1995年(平成7年)の秋です。 妻が34歳で、私が42歳でした。 インターネットに保存している写真の大半は、妻が40…
2025年12月27日の早朝(午前8時過ぎ)に亡くなった妻の写真を集めています。 今回は、その第2集です。 私たち夫婦はバツイチの再婚同志で、結婚したのは1995年(平成7年)の秋です。 妻が34歳で、私が42歳でした。 インターネットに保存して…
12月の風が冷たさを増す頃、妻の容態が少しずつ、けれど確かに、芳しくなくなってきました。 今は個室に入院しています。大部屋では面会が難しいため、少しでも長く一緒に過ごせるようにと、個室を選びました。 幸い、以前の大病院に比べれば費用も抑えら…
秋のはじまり、空気が少し冷たくなり始めた頃、妻が入院した。 9月に20日間の入院を経て、いったんは家に戻ってきたものの、わずか1週間の在宅生活ののち、10月3日から再び病院のベッドに戻ることになった。 それから今日、12月20日まで、妻は病…
エカワ珈琲店の自家焙煎コーヒー豆は、10月から100グラムあたり50円、価格を見直している。 物価の上昇、原材料費の高騰、そして何より、焙煎という手仕事にかかる手間と時間を思えば、やむを得ない判断だと思う。 今のエカワ珈琲店は、週にたった二…
1980年代、昭和の終盤の日本を振り返ると、60歳代半ばともなると多くの人が社会活動から疎外されていました。 働いても得られるのはわずかな収入だけで、年金や貯えに恵まれた人は穏やかに暮らし、そうでない人は少額の年金と細々とした仕事で生活を支…
かつて、年齢構成がピラミッド型だった時代には、店主の年齢が上がるにつれて、お客さんの数も自然と減っていくのが常だった。 年を重ねることは、商売の終わりを静かに告げる合図のようでもあった。 けれど、今は違う。 高齢化が進んだこの社会では、私の年…
2010年代、自家焙煎コーヒー豆の香りがネットの向こうに届きはじめた頃、エカワ珈琲店の通信販売は、静かに、でも確かに広がっていった。 それは、派手な広告やキャンペーンとは無縁の、まるで朝の湯気のように、じんわりと広がる温もりのある広がりだっ…
2005年9月。長く続いた我が家の超貧乏生活に、ようやく一筋の光が差し込み始めた頃のことです。 私たち夫婦は再婚同士。 結婚してからの10年間は、まるで試練の連続でした。 不運が重なり、経済的にも苦しい日々が続きました。 それでも、少しずつ、…

